上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- l スポンサー広告 l top
19日に母に「出待ちしましょう。」と言われていたのに、憤怒のあまり血圧が最高値まで上がり興奮中だったため、普段出待ちに一切興味のない私は、おとなしくて「出待ち、、、、」の「で」すら言い出せなかったと思われるおとなしい母と、そのまま公演終了後ずんずん食事に向かい、吠えるだけ吠え、帰って来てから「しまった!」と思ったのであった。

「しまった!」と思っても後の祭り。
、、、、なんだけど、あんな状態で出待ちしたらきっと大人の立ち居振る舞いの基本を逸脱したよろしくない一言を言って「何だこの日本人のお客は!?」と思われるか、嫌われてつまみ出されるかのどちらかであっただろうから、母には申し訳ないけど出待ちしなくてよかった。

そもそも、出待ちをせずとも、先日のトリノ王立歌劇場では、すぐ目の前にデセイとポレンザーニが座っていたし、そういえば今年1月にベルガモ・ドニゼッティ劇場でのデヴィーアの「椿姫」を観に行ったらデジレ・ランカトーレが隣の席だったので、こそこそ、っとサインをお願いしたりというラッキーが続いていたので、しかも、びっくりすることに、サインは頂いていないが、昨夏のデヴィーアのレッスン聴講の帰りになんと本人が私たちが陣取るコーヒーショップの脇をとことこと歩いて手を振ってくださったりという、なんとも日常の中にオペラ歌手の皆様が普通にいらっしゃったので、何を今更出待ち?と思っていたのは事実。

ついでに自慢させてもらうと、ロックバンドのリード・ボーカルにして世界の大富豪、ノーベル平和賞候補に三度も上がっているというボノにもふつーに出会い、「You guys are so gorgeous...」と肩を叩かれた経験もある。

しかし、22日の公演終了後は、さすがに私もちゃんと覚えていて、母のおつきあいがてら「出待ち」デビューを果たした。

大体、どこで待てばいいのか全く分からないので、職員の方に聞くと、
「真っ直ぐ行って、植え込みを左に折れて、駐車場の方に下っていって、下りたらUターンして建物に向かってください。」
、、、てよく分からん。
出遅れたので誰も向かってないから、誰かの後についていくことも出来ず彷徨う。

なんとなくここだと思う所を歩いていくと辿り着いたところは長蛇の列。

「ひ~~、お母様、この列は!!!???」

「大丈夫よ、文化会館はもっと長いんだから。」
と訳の分からない説明をされ、何が大丈夫何だか分からないまま列に加わる。

30分経ち、1時間経つが誰も出てこない。

わらわらと他のオペラ歌手やオケのメンバー、関係者は出てくるんだけど、肝心の主役級の方々が出てこない。
聞くと「もう帰ったよ。」

「ひ~~、お母様!!!???」

それでもしばらく「ここまで待ったんだから」と根性で待つが、さすがにもう無理だと思い帰ることにした。

結局サインを頂けたのは、以下の通り。

「椿姫」でフローラを、そして「マノン」でロゼットを演じたカイ・リューテル。
ジュゼッペ役のニール・ギレスピー。
ドビニー公爵役のリン・チャンガン。
ガストン子爵役のパク・ジミン。
医師グランヴィル役のリチャード・ウィーゴールド。
そして「椿姫」でアンダーとしてヴィオレッタをつとめたアイリーン・ペレス。

皆さん本当におしゃべりが大好きで気さく。
皆さん本当に仲良しさんたちでした。

リチャード・ウィーゴールドの撮った写真を見ると、皆さん本当に楽しそう。ヤホ嬢とペレスがハグしながら笑顔いっぱい、の写真を見ているだけで、なんだかあまりにも楽しそうなのでどうでも良くなってくる。
彼らはプロフェッショナルなので、きっと心はもう次のところへ向かっているのね、、、ならば私もここできれいさっぱりリセット。次に観る舞台に思いを馳せましょう、と。

そうそう、なぜか勢いでアソシエイト・ディレクターのポール・ヒギンズ氏からもサインを頂いてしまったが、彼とジェネラル・マネージャーと間違えてしまい、危うくいらぬ文句を言いそうになった。
翌日から京都に行くんだよー、と楽しそうに話していた。
(ツアー中に富士山にも行ってたらしい。かなりエンジョイしているとみた。)

ペレスがとにかく日本で予期せぬデビュー(?)を飾り、しかも拍手とブラボーが大変嬉しかったらしく、かなり興奮して「日本で歌えたのは本当に名誉なことだったわ。」と話していた。

カイ・リューテルは本当に気さくで、

こんなに喜んでるんだから、「ま、いっかー」と思ってしまったのはきっとネトレプコの素晴らしいパフォーマンスのおかげか。。。。






終わりよければ全てよし。


来年も素晴らしい舞台に出会うことが出来ます様に。







スポンサーサイト
2010.09.22 Wed l Opera l コメント (8) トラックバック (0) l top
というわけで「3時に帰ります!」宣言をしていたものの、ギリギリになっていろいろな用事が立込み、結局会社を出るのが大幅に遅くなってしまった。早めの時間設定をしていてよかった。。。母に、約束の時間までには行けないので、先にチケットを受取って中で待っているようにと連絡を入れておく。

それでも十分な時間の余裕をもってホールに着き、チケットを受取り中に入る。
電話がなかなか通じなかった割には、当日券はそこそこ残っていたようで、さすがに三連休直後の飛び石連休前日に、会社を抜け出せる人はそうはいないんだろうな、と思いつつ、中に入る。

思った通りの良席。
静かに小鼻を膨らませて気合いを入れつつ、母には「あまり期待しすぎないようにしているのよ。19日よりよければそれでいいわ、くらいの心積もりにしているの。」としおらしく話す。

静かになった客席に、再びジェネラル・マネージャー登場。
19日に起きた大ブーイングは今回は全くなく、寧ろネトレプコがヴィオレッタにキャストされたということで、会場には歓迎ムードが漂っており、ところどころで拍手が起きた。

会場が暗くなり、オケが音を出し始める。
オケは残念ながら全体的にはまだ19日の方が良くて、出だしが合わないという致命的な箇所が幾つかあり、パッパーノも長年ROHの音楽監督を務めているのだけれど、本当にオケと通じ合ってるのか若干疑問。それともバイオリンの誰かが意図的にフライングを企てているのか。。。。?

歌い出し、ネトレプコの声が上ずっていて、微妙な音程のずれがやや気なる。しかし、声はしっかり出ており、不安感を一切感じさせない堂々たる歌いっぷり。
19日はヤホ嬢のあまりの絶不調っぷりにハラハラし通しだったのだけれど、ネトレプコは不調でもなんでもなく、まだエンジンふかし始めたばかりといったところ。これから良くなるに違いないという期待感でステージ上の彼女を見守る。

期待どおりどんどんパワーアップしてきた。
本当に凄いな、と思うのが、後ろを向いて、つまりは客席に背中を向けて歌っているのに、声が前へ前へと出てくるところ。なんというパワフルなボイス。「マノン」で得た感激が再び沸々沸き上がってくる。

演技、これが期待以上で、快楽に溺れるその裏でふと垣間見せる影、、、。
表情、仕草、どれをとっても完璧なまでにヴィオレッタ。
発表前から既に最終公演で歌うことを打診されていたとは言え、一昨日まで「マノン」を歌っていたはず。ありえないこのような状況の下、恐らく本人も完璧な状態で出た訳でもないだろうのに、しっかりヴィオレッタになりきっている。

うーむ、さすがですな。

イタリア語の発音は今までもそうだけどやっぱりあやしげな発音。
ここはやはり直ってないか(笑)。

ネトレプコに限らず、母国語でないものを歌う際の発音があやしげな人は意外と多いのだけれど、彼女の場合、キャラのなせる技というか、なにしろ他の優れた部分がそれを補って余あるので、気にはなれど「よし」とする、、、ことにした。
今まで彼女に興味がなかった大きな理由の一つが、「言葉が美しくない」、という点だったのだが、今回、CDで聴くだけでは決して伝わってくることのなかった彼女のパワーを存分に感じることが出来た。
実際こうして公演を観る事が出来、彼女はやはり素晴らしい!と認識を改める。

演技ではただ圧倒されていた中で特に一点、さすが!と思わせたのが最初の「E strano」。

このシーンで彼女は奥にある、ゴージャスな氷の彫像が真ん中に建つゴールドの大きなシャンパン・ボウルの中に躊躇いもなく両腕を突っ込んで「E strano ~ ...... E strano!!!」。
まるで、胸の奥底から沸き上がってくる得体の知れない情熱を冷まそうとしているかのようだった。
この表現にぞくぞくしてしまった。


こうして一幕は尻上がりにパワーアップしたものの、本調子とは行かないか、、、音程のずれが少し気になった。
あと、オケと合わないところが結構あって、19日にはあまり気にならなかったのだけれど(気にする心の余裕がなかった)、パッパーノが走ってしまう部分が結構あったように思う。彼女は調整する素振りは見せるものの、無理についていこうとはしない一方、今度はパッパーノが合わせようとタクトを振ったところで、一旦走り始めたオケのテンポはそう簡単に落とせるわけもなく、指揮もオケもかなり大変そうだった。
それでもさすがネトレプコ。全く動ぜず、、、女王ですな。
(ってか、パッパーノさん、あなた少し走り過ぎですよ。。。)

いずれも気にしすぎるほどのものでは全くなく、舞台を楽しむには十分すぎるレベルであり、
改めて、今日、思い切ってこの会場に来たことを母と喜び合う。



一幕が終わって幕間に母が用意しておいてくれたなだ万の松花堂弁当を食す。
これが大変美味しくて、大満足の一品。
殆どの会場が用意しているのはサンドイッチとかワッフルの様なものばかりなのだけれど、歌舞伎の劇場の様に幕の内弁当とか用意しておいてくれないかな。。。。予約制でも構わないので是非ご検討お願いしたい。


適度に腹拵えしたところで二幕。


二幕は最初から声が出ていてものすごく良かった。

一幕ではどうも低音(低音でのピアノ、ピアニッシモな感じの歌が相当弱いと見えた)に難があったジェームズ・ヴァレンティも、この二幕ではキーの合う曲が多いせいか、伸び伸び朗々と歌っていた。

この二幕では特に彼女の感情表現が素晴らしく、キーンリーサイドが演じるパパ・ジェルモンとの掛け合いに思わずウルウル、、、どころか、しっかり泣かせていただきました。

キーンリーサイドは相手が演技の素晴らしいネトレプコということで俄然やる気が出たのか、彼も熱のこもった演技だった。ちょっと声が出てないかな、、、、と一瞬思う場面があったのだけれど、目を瞑って通り過ぎる。
なぜなら掛け合いのテンポがとても良かったので、そんな些細なことに重箱の隅をつついて舞台のことををあれこれ言う気に全くならなかったのだ。

他の場面ではしっかり声も出ているし、19日より更に包容力が増していて、息子を案じて苦悩するあまり暴走するお父さんに同情してしまいそうになるくらい、なんかかわいそうになってくるのだ。

そんなパパ・ジェルモンの強情に迫ってくる「別れろ」というプレッシャーに、愛しているがために身を引くことを決心するヴィオレッタ。決心しながらもまだ心は揺れ動く。
では、最後に私を抱きしめて、というヴィオレッタに、この優しそうなパパは、やはり実は強情な頑固親父だった!
パパ・ジェルモンは決して目を合わせないどころか、抱きしめることすらしない。
パパ・ジェルモンがヴィオレッタが弱々しく遠慮がちにさし出した両腕には触れることすらせず、目を伏せて脇を通り過ぎる。無言のまま「君の事は受け入れられない」という拒絶のメッセージを伝えて。
ヴィオレッタの絶望ぶりがひしひしと伝わってくる。悲しい。。。。今こうして書きながらも、ネトレプコ演じるヴィオレッタが、ほんの少しも受入れてもらうことが叶わなかったその悲嘆と絶望を全身から漂わせる様を思い出してまた涙が出てくる。

私はもうただホロホロと溢れてくる涙をこらえるのに精一杯。
あぁ、ヴィオレッタ!なんてかわいそうな運命なの。。。。(号泣)

能天気なアルフレードが戻って来て
「父もキミに会えばきっと気に入るよ。」
(なんて能天気なの!!!!)

「アルフレード、私のこと愛してる?」
「愛してるよ!、、、でもなぜ泣いているの?」
「涙を流したかったの、、、でももう落ち着いたわ。」

アルフレードの能天気さに腹も立つけれど、それ以上に、命がそうは長くないことを知っているはずなのに、そんな中で覚悟を決めたヴィオレッタのこれからの運命を思うと泣けて泣けてしょうがない。あぁ、こんな状況なのにアルフレードは今この瞬間にも何が起こっているのか全く分かっていないのだ。

「私を愛してね、アルフレード、私があなたを愛しているくらい、、、、さようなら。。。」

うわーーーーーん!
もう書きながらまた思い出してしまった。

なんと悲しい運命なのか。。。


パパが来て、もうヴィオレッタが戻ってこないと知り、激昂するアルフレードに、すっかり偽善者となってしまった(なのにそう思わせないところがニクい。。。)パパ・ジェルモンが、あくまでも息子だけには本当に心から優しく歌いかけるのだ。

ここで残念なことに、一番の見せ場と言ってもいい「プロヴァンスの海と陸」で声が一カ所だけ喉に引っかかってしまった----。

でもいい。いいのだ。
既に私はボロボロなのである。
全体がこれだけ素晴らしいんだもの。そのたった一カ所が全てを壊すものだとは全く思っていないし、そう思うことは出来ないくらい全体が圧倒された。



場面は変わりフローラの館。

乱痴気騒ぎ気味の中、恰幅のいいフラメンコ・ダンサー達のステップが迫力があっていい。
バレエ・ダンサーのバージョンも嫌いではないが、ラ・ボーチェ公演の様にドロテ・ジルベールとアレッシオ・カルボーネという、当時若手筆頭のオペラ座ダンサーが出るというようなものは稀で、「あれ?」と思うようなものも多いので、今回の演出は新鮮でなかなか良かった。

恐らく、ヴァレンティはこの怒りまくったテンションで高いトーンで歌うのが得意とみえて、この幕は良かった。激昂しまくって、ゲームに使うプラスチックのチップ(札束を投げつけるのはよく見るが、プラチップを投げるのを見るのはこのROHが初めてである)をヴィオレッタに投げつけるのだが、19日のこのシーン、ペレスの「あぁっ!」とわざとらしく床にすっ飛んでいく演技に思わず吹き出してしまったのだが、ネトレプコの演技がこれまた不思議、、、投げつけられた瞬間、何が起こったのかわからないのか、それとも愛するアルフレードに勘違いをされたまま何の説明も何の言い訳も出来ないという状況がショックすぎるのか、ただ静かに呆然と座り込むのだが、ふと我にかえって何かに取り乱し始め、床にばらけたチップを急に、ものすごくアップセットしながらかき集めるのだ。

これが何を意味することなのかまだ理解しきれていないのだが、私的には、残ったわずかな尊厳を掻き集めている様にとれた。このあたり、どなたか違うヴューを頂けると非常に嬉しいのだが、、、、。

そして合唱が、パパ・ジェルモンが、アルフレードが、ヴィオレッタが、それぞれの思いが大きな歌のうねりとなって幕が下りる。

二幕はオケも良かった!

ブラボー!
果たして私は三幕が終わった後立ち上がる力は残しておけているのだろうか。



三幕。

弦が泣いてる。。。。

すっかり弱ってしまったヴィオレッタが暗闇の中ベッドに横たわっている。
左の方にわずかなスポットライト。朝日が窓から少しずつ入って来て、夜が明けていくのだと分かる。
少し灯りを入れて、と請われて明かりをつけると、更に、もう少し部屋全体が明るくなる。

この照明の使い方が繊細で、効果的で、本当に美しかった。

お医者様が来て、ヴィオレッタの命はもう僅かだと告げる。
悲しすぎる、、、彼女の人生は辛すぎる。
20ルイしか残っていない中から、半分を貧しい人たちに、なぜなら彼女にはもう必要ないだろうから。
彼女が生きている間に使うお金はそれだけで十分だろうから。

一人になり、手紙を取り出し読み始める。
(ここのシーンはやはりイタリア人に限る。)

待っても来ない。「遅いわ!」と悲嘆にくれるヴィオレッタ。

「過ぎし日よ、さようなら」

道を誤った女、などと自分で言わないで!このシーンは本当に心が締め付けられる。

やはりこのシーンでのネトレプコは想像どおり素晴らしい。
でも、もう涙、涙、涙。涙が溢れて止まらない。
私の席の周りでもすすり泣きがもれ、嗚咽まで聞こえてくる。

やがてアルフレードがやって来て「パリを離れて」
やや音がずれてしまったが、もうここまで来ると本当に気にならないものなのだな、と実感。
物語にどっぷり入り込んでるので、細かいことに気づいても「もういいや」と思う。

パパ・ジェルモンも駆けつける。
今更「我が娘よ!」と言われたって遅いんだから!!!うえーーーん!

ペレスが演じたヴィオレッタの最期は
「不思議だわ、、、痛みが急になくなったわ!」
と言って、元気よく部屋を一周走っちゃうもんだから、あなた、本当は元気じゃないの?と疑いたくもなってしまったのだけれど、

ネトレプコが演じたヴィオレッタの最期は
「不思議だわ、、、痛みが急になくなったわ。。。。!」
急に目が泳いで宙をさまよい、何かを掴み取りにいくかの様に両手を天に突き出し、全てのエネルギーを放出、そしてその直後に床に崩れ落ちる、、、、

そして幕は下りる。
ブラボー!








ここまで読んで下さって有難うございます。

正直言ってしまえば、パーフェクトな舞台では決してなかった。
歌手、指揮、オケは合わせるのに相当苦労していたし、
ネトレプコをはじめとする歌手たちの中でで完璧だった者は一人もなかった。
歌手たちの演技もなかなか噛み合ない部分もあり、
何しろ、この二人、声が合わないんじゃないか?と思ったりもした。

それでもここまで感動したのは、私にとってはこれがリベンジ公演だったからかもしれないし、
19日のフラストレーションがレーティングを厳しくしてしまい過小評価になり、
それが22日、今回のこの公演に対する過大評価に繋がったのかもしれない。
やや実力以上の評価をしてしまったかもしれないが、それでもやはり、誰がなんと言おうと、私は大満足である。

細かい指摘点をリストアップしていけば、良かった点よりも多いのではないかとも思えるのだけれど、
たった1つの良かった点が、他の10個の指摘点を覆ってしまったような、うまく説明が出来ないのがとてももどかしいが、そんな気持ちなのだ。指摘点、、、、あそこはこうだったし、ここは、、、などと思うことも今は億劫だ。またしばらく時間が経ったら、また色々思うこともあるだろうけど、今は素直に感動に浸ることにする。

以前、コヴェント・ガーデンで観た「ドン・ジョヴァンニ」のネトレプコは、当時オペラにほぼ興味がなかった私の記憶には全く残っていないので、言ってみれば今回こそが本当の初「生」ネトレプコだった。
「マノン」でも同様の思いだったが、声が透明でパワフルであった。
彼女の声には華があり、艶がある。
そして何より、彼女の演技に心を動かされた。

驚いたことに、公演が終わってみると、19日からくすぶっていた不満や鬱憤が、いつの間にか全て綺麗さっぱりなくなってしまっている。

鑑賞中も、鑑賞直後も、激情に任せて言いたいことを言い、書きたいことを書いてしまった。
あれはあれで、その瞬間に実際に感じていたことでなので、今更取り消すつもりは毛頭ないし、今から何かに迎合するつもりも全くないけれど、やはりブログを書く以上は、自分の書いたひとつひとつのものにしっかり責任を持っていかなくちゃいけないわ!と再開4レポ目に際して改めて思う。


くどくなってしまった。

今は、全てが浄化されて、オペラを見始めた頃のような純粋な感動で一杯。




行ってよかった。




そして、この後、初めての「出待ち」を経験することになるのである。
















2010.09.22 Wed l Opera l コメント (6) トラックバック (0) l top
19日に多大な欲求不満を抱えた私と母。

22日にプ子嬢が「椿姫」に登場するやもしれぬ、、、、そんなことにはついぞ興味もなかった私たち親子(というか、私一人が)は、19日のフラストレーションがくすぶったまま、このままあの公演を今年最後の公演にしていいのか!と、炸裂していた。

公演後も不完全燃焼で、食事をしてもおいしくないし、麦酒を飲んでもすっきりしない。
この次に観に行く予定の公演が満足のいくものでないともうタマランですよ!
ROHリベンジ公演となる日はいつなのか、確認するためにスケジュール帳を取り出す。

ひ~
これが今年最後のオペラ鑑賞ですよ!
次回は来年2月のマリインスキーまで何もない。

家に戻ってすぐに、めぼしい公演がないかネットで探し始めるが、今年、ここから先のスケジュールの中で観たいと思うものは残念ながら何もなし。このままだとフラストレーションを抱えたまましばらく過ごさねばならない。年越しまではさすがに引きずっていないだろうけれど、これではなぁ、、、うーむ。

この時点でまだ正式なキャスティングは発表されていないが、ネトレプ子がヴィオレッタ役で登場するなら22日の「椿姫」をリベンジ公演にするという考えがいきなり浮上してきた。

なるほど、ネトレプ子さんの「椿姫」という手があったか、、、、「マノン」があれだけ満足出来たので、「椿姫」だってまずまずのものが観られるのではないかという考えである。ただ、一方で、「マノン」からいきなり切替えが出来るのか、感情表現もそうだし、なによりレッスンがちゃんと出来ているのか、音合わせだって何だって不十分なのは間違いないだろうし、本当にここで妥協していいのか?という不安もよぎる。

だけどそこは様々な修羅場をくぐり抜けてきた一流歌手。心配ご無用だと思おう。
今まで何度も「椿姫」は歌ってきているだろうし、いきなりシチュエーションが変わった状況下で仕事をしたことだって何度も経験していることだろう。だから、少なくとも最低限のものは見せてくれるはず。

しかし、その最低限のもので満足が出来るのか?
でもでも、最低限のものだとしても、19日よりレベルが劣ることはあり得ないのでは?

でも、でもでも。。。。だけど、でも、しかし。。。?




様々な葛藤を抱えつつ、翌日会社に行きお昼過ぎに何気なくネット検索をしたいたところで、明日の「椿姫」キャスティング決定のニュースを目にした。ここで気持ちは固まった。

そのままNBSチケットセンターに電話をする。
何度もリダイヤルをして、約5分後に電話が繋がる。




「明日の椿姫のチケットありますか?」

「はい、、、、でもキャストが変わってしまったんですが大丈夫ですか、、、、?」

(ええぇー、また!?)ネトレプ子嬢ではないのですか!!!???」

「はい、そうなんです。ご存知でしたら良かったです。アンジェラ・ゲオルギューさんが降板されて、次に予定されていたエルモネラ・ヤオさんも出られなくなりまして、たった今アンナ・ネトレプコさんが代わりをされるということが発表されたばかりなんです。本当にたった今なので、大丈夫かなと思ったんですが、ご存知でしたら良かったです、安心しました。」

はい、それなら大丈夫です。と言いますか、大丈夫も何も、ネトレプ子嬢がヴィオレッタを演じることになったという発表を受けて電話したのです。19日はあまりにひどいので本当に暴れそうになりました。あなたにここでこうやってお話しするのもなんですか、、、、大変申し訳ないんですが、このままではヤッテラレナイと思いまして。」




などと話しつつ、誰かに吐き出さずには折れないので19日の鬱憤を若干抑えめに吐き出させていただく。

この電話の受付嬢(かなり年配だったけど)によると、やはり「なぜヤホだったのか?ヤホは本当に一幕に出られるべくして出たのか?」ということに関しては、関係者の中でも同様の疑問があがっていたらしく、どういう経緯で話したのかは不明だけれど、ROHジェネラル・マネージャーに聞いてみたところ、
「リハーサルではちゃんと歌えていたのです」という答えだったらしい。

真実に関しては知る由もないが、リハーサルで歌えていたというのを信じるのならば、あー、もうそれを信じるしかないのかな。ここでもう何を言っても仕方あるまい。理由を知ったところで今更もう何が出来る訳でもなし。知ったところで、理由次第ではもっと腹が立つかもしれないし、もう追求するのはヤーメタ、っと。

19日の席も1階センターの良席だったのだけれど、今回は
「いい席ありますよ」

おぉ~、2階センター前列二桁番号ではないですか!!!ど真ん中。

音響の悪いNHKホールでは視界を遮らずきちんと舞台を見渡せること、センターのどこかであること、前過ぎないこと、等々クリア出来ていれば大体どこでもいいのだけれど、2階センター前列はどのホールでもお気に入りの席。

なかなか当たりの来ない席で、もちろん一般にも販売はしているけれど、特にオペラの場合、ぎりぎりまでホールドされることも多く、最前列は関係者のにおいがムンムンしている。
バラで買うことも考えたけれど、迷うことなくその2階センター席を2枚購入、、、、

の前に、母の予定を確認するのを忘れていた!
慌てて受付嬢に断ってもう一方の片手に別の受話器。

出た瞬間に、
「明日ネトレプ子嬢の椿姫行けるよね、買うよ買うよ、買っちゃうよ!」
「あ、、、はい、お願いします。」

どうやら一瞬私が誰だか分からず(名乗らずいきなり用件話し始めたので)押売りの電話(母の表現なんだけど、この時代に「押売り」なんてものがいるのか?)だと思ったらしい。

こうして無事購入手続きが終わり、すぐさま「明日3時に会社を出ますのでよろしく。」と皆様に宣言。代わりに別の日に予定していた休みを返上。ここから一気にテンションは上がる。

上がるったら上がるのだ。
なぜなら22日の「椿姫」が今年の見納めになるんだもの!





というわけで、長い序章が終わる。
レポは間もなく!



ちなみにこちらの記事に12日のROH Japan Tourのことが書かれています。"second understudy steals the show"って(笑)。確かにそうかもね。
なかなか興味深く読みましたが、最後に書かれていた、2012年に実際の夫君であるスティーブン・コステロとそれぞれヴィオレッタ、アルフレードを演じるというのが興味深いですね。色んな意味で観てみたい。

ついでにマノンの記事裏話とかあれやこれやが面白いのでリンク貼っておきます。










2010.09.21 Tue l Opera l コメント (0) トラックバック (0) l top
さて、ようやく気持ちも落ち着いてきたので、ここで改めて19日に行った「椿姫」の感想をあげることに。

そもそも、幕が上がる直前にジェネラル・マネージャーが通訳を従えて出てきた時から胡散臭かったのです。
ゲオルギュー降板の詫びを告げ、ヤホが代わりを務めることになった事、三年前にも同じことがあり、大成功をおさめたこと、等々。

この降板の挨拶ほど観客を苛立たせるものはなくて、以前、バレエの公演でマラーホフが足の手術により降板した際もササチューが挨拶に出てきて、神経を逆撫でしたっけな。。。。いっそ出てきて頂かない方が割り切って、腹をくくって観ることが出来るのに。
しかもヤホ嬢のことをは二番手だなんて全く思っておらず、むしろゲオルギューでなくてヤホで良かった!と思っているので、陳腐な挨拶が益々陳腐にしか思えない。

海外での公演でのこういった挨拶のいうのは普通なんですか?
わたくし、あまり経験がないのでよくわからないのですが。。。。

ともかく、物語は既にスタートしていたに違いないのだ!
相当穿った見方かもしれないが、そうなのだそうなのだ、バタバタバタ。。。。(手足じたばた)

さて、パッパーノの指揮で始まる序章。
これは11日に行った「マノン」でも感じたことなのだが、オーケストラは悪くないんだけど、なんかやはり指揮が好きじゃないんだな。。。。
オケそのものは英国らしい堅さと適度な柔軟さを持っていて、好感の持てる音を出すんだけど、何故かパッパーノの指揮とはちぐはぐ感があって、本当にこのままパッパーノでいいの!?と思う。

ヤホ嬢が薄い幕の向こうに真っ白なドレスを着てアンニュイに座っている。
うーむ。美しい。ヴィオレッタにぴったりの容姿じゃないですか!

ところが。

歌い始めた瞬間に「あれ?」

彼女を聴いたことがない私ですら、彼女の本来の声ではないということがはっきり分かるほど絶対的に何かがおかしい。
声が喉に引っかかってもたついているし、音が正しくヒットしないのだ。
歌えば歌うほどにひどくなり、
声を出せば出すほど引っかかり、
本人の顔も次第に辛そうになってくるし、
もうハラハラ。

16日は尻上がりに良くなってきたとのことだったので、多少の期待をもって聴いていたのだが、すぐさまそれは望めないことがはっきり分かった。完全にダメダメな喉。疑う由なし。
彼女は歌えない。現にここで今歌っていることが「?」なのだ。

思った通り、尻上がりに良くなることは決してなく、下降線を辿るのみ。
「ああ、そは彼の人か」で天を仰いでしまったのだが、トドメは「花から花へ」。

コロラトゥーラもままならないどころか、正しい音にヒットしない。特に高音域はヒットどころか空振りである。
音をすっ飛ばしてしまった時にはもう、ただただガックリ、、、以外の何ものでもなかった。

一幕が終わるやいなや、同行の母に
「彼女は絶対二幕目は無理。」とキッパリ断言。

しかしあの状態の彼女を舞台にあげるとはROHもあっぱれである。
リハーサルくらいあっただろうのに、彼女が歌える状態にあったとはとてもじゃないけど信じがたい様な一幕だったのだ。

幕間で母に、
「こんな状態でヤホを見続けることは出来ない!すぐさま交代!」と吠える。

幕間でお会いした知人に、
「こんな状態のヤホ嬢を私は、、私は、、、観とうなかった!」と訴え、
「調子がいいと思われるペレスを最初から出すべし!」と鼻息ブイブイ。

ただ、これはあくまでもROHやパッパーノに対して「何故彼女は歌えると判断出来たのか?」ということであって、ヤホ嬢に対する批判では全くない。(ちなみに本心からペレスが観たいとも全く思っていない。)
批判どころか、既に一度、病状悪化のため同じ降板劇を作ってしまった彼女にしてみれば、16日に歌えたことが奇跡であっただろうから、19日に「出させてください!」と手を上げたことは恐らくないと、勝手に想像している。
それより、彼女自身も歌えるなんて実は思っていなかったのではないかと思うのだ(想像です、あくまでも)。

そのような状況で彼女の出演を決めた「誰か」に対して不満と鬱憤は積もり積もるばかり。

案の定、二幕目直前にまたしてもジェネラル・マネージャーの登場。
この登場で何が起きるのかはっきり悟った。

「皆さん、まさか私が二度も舞台に上がるとは思っていなかったでしょう。」

はぁぁぁ~~~~あ!?

お前ふざけとんのかいっ!?


「皆さんもお気づきの通り、彼女は一幕で歌えておりませんでした。」

はぁぁぁぁぁぁ~~~~あ!?


「しかし私たちにはもう一人素晴らしい代役がいます」

はあぁぁぁぁぁぁあああ~~~~あん!?




なんとなく仕組まれていた様な気がして、どうも納得いかないままペレスへ交代。
こんなことなら、せめて誠意を見せて一幕からやり直してほしいと母が訴える。

返金なんて求めてないし、
物でのサービス還元も求めていない。
もしヤホ嬢が歌えないと知っていながらの賭けに出たのであれば、せめて一幕からやり直してもらえれば気持ちもリセット出来た「かもしれない」のだけれど、そこのところ真実は闇の中。

友人にも長々と同様の憤怒のメールを送って迷惑をかけてしまった。

「日本の客には一幕だけでもヤホ嬢を見せとけ、くらいの考えだったのであればひどい!
日本の観客を馬鹿にしている!」
などと子供じみたことを言ってしまったのだけれど、
冷静になって考えてみてみれば、オペラハウスも、主催者側も、高いお金を払った日本人の観客たちをいかに別の方法で満足させられるか、ということに知恵を絞るのに精一杯で、その結果がこれなのであれば、もう、しょうがない、、、、、(やはりそれでもまだ「憤」)。

ペレス嬢は前評判は悪くはなかったけれど、私は聴いた瞬間に
「あ、、、苦手、、、、。」

絶不調のヤホ嬢の直後なので、大体誰を聴いてもうまくきこえてしまうのかもしれないけれど、彼女の歌はまだまだ経験が少なすぎると見えて、どれだけ感情を込めても感情がこもっておらず、ややラディッシュの香りがする大げさな演技に危うく騙されそうになるが、やはり発声が単調すぎてどこかの学校の卒業公演を聴いているみたいな錯覚に陥る。

もちろん急な代役に応えるのは相当なプレッシャーには違いないだろうけど、しかもゲオルギューとヤホ嬢という、観客の期待度満々な二人の後というのは、ハートの小さい歌手だと乗り越えるのは相当な気合い、若しくは潔い割り切りが必要だと思う。


そんな中、しっかりと彼女のカラーを出したペレスにはもちろんお疲れさまでした、と思う。

思う、思う、、、、思うけど、思うけど、、、、、

でもなんかねっとりした「私、頑張ってます!」的な演技のせいでどうしても入り込めず残念。
「私、ほら頑張ってるでしょ!」みたいなのがどうも苦手、、、、

声はしっかり出ていて、良く通る声をしているので、経験を積めば、、、、どうにかなるのかなぁ。。。?
こればっかりは私には全くもって分からない。

一つ言えるのは、いくらアンダー(これは新しく覚えた言葉)とはいえ、ROH日本公演での登場は、今の彼女の実力からすると当たり前だけれど無理がある。ただそれだけ。
それは彼女のせいでも劇場のせいでもない。
オペラハウスを持っている都市の方々には、こんな降板劇は日常茶飯事ではなくとも、稀でもないということははっきり言えることなのだろうし、、、、

だからと言ってゲオルギューは来ないし、
ヤホ嬢の喉の調子は絶不調だし、
そんな訳でチョイスは彼女しかないのでやむを得ない。
だからこそ主催者及び関係者にはもう少しスマートな対応をして頂きたかった。

英国人たる者、もっとスマートに事を運ぶかと思えば、どったんばったんの笑えない喜劇をしてからにー。
もうっ!



最後まで入り込めない「椿姫」であったけれど、ヴィオレッタ以外のことを少し。


期待しつつ、期待を裏切らず良かったのがドビニー公爵役のリン・チャンガンとガストン子爵役のパク・ジミン。
韓国人の歌手を聴くたびに、毎回「なぜ同じアジア人なのに、、、、」と思わずにはおれないのだが、とても気持ちのいい朗々とした声を聴かせてくれた。パク・ジミンなんて、日本で言えば東大にあたるソウル大学ご出身ということなので、頭もいいのだろうけど、身のこなしがスマートで小柄ながら華がある。
主役を張るまでには至らないとは思うけれど、なかなか気になる歌手たちだった。

アルフレード役のヴァレンティは全く期待していなかったのだけれど、それが良かったのか、思っていたより全然良かった。高音部分が若干不安定な場面は多々あれど、全体的には悪目立ちもせず、相手が変わっても淡々と演じていた。この淡々具合が少し物足りないんだけれど、演技がさほど上手ではないのが、逆に本人が意図してないと思われる箇所で、リアルに「どうしようもないなー、アルフレード」感が出ていて嫌いではなかった。
ただ、足が短くてもっさりしていて、おじさんなんだか若いんだかよくわからない。
上半身を演歌歌手がコブシを効かせるかの如くトルネードさせて歌う姿がなんともプレーリードッグだった。

そして最後に忘れてはならないのがサイモン・キーンリーサイド。

ベージュのコートを脱いだらその下にモスグリーンのフロックコート。その下にはカーテンみたいなゴブラン織り系ベスト。厚着に次ぐ厚着。
大変厚着な感じなのだが、贔屓目なのでそれすら素敵。

今まで観てきた威圧的なパパ・ジェルモンとはちょっと違っていて、息子を案ずる、少し気が優しい風に見せつつ、だけど絶対に信念を曲げない頑固さを持つパパ・ジェルモンだと思った。

残念なことに、一連のドタバタに頭に血が上り、あまり集中が出来なかったのだけれど、やはり全体を優しく包み込むジェントルマンなボイスは健在で、彼にヴェルディはどうなの?という意見も巷にはあるけれど、それはそれでそれなりにいい。
ものすごく最高!なんて感じには至らないにしても、やっぱり彼の声は暖かいなー、好きだなー、と実感。




なんだかんだ書いてはいるけれど、これを読むとなんだか和んでしまい、怒りまくって吠えていたことすらうっかり忘れそうになってしまう。

色々あるけど、文句も言うけど、でもやっぱりいい思い出持って帰って、今度は皆さん揃って万全のコンディションで来てね。



9/21 追記
こんなに落ち着いた気持ちになっているのは
ネトレプコ参戦のニュースを受け、すぐさま22日の席二枚を確保した余裕のなせる技か。





9/22追記
ところが、これだけ文句言っておきながら、全てを覆す本日の様々な出来事。
全てが既にいい思い出に。。。。Bravo ROH!



レポもそうだけど、そんな出来事のご報告は間もなく!








2010.09.20 Mon l Opera l コメント (2) トラックバック (0) l top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。